日々骨董市へ。通うまで。⑧

 こうして骨董市の洗礼を浴び、日本の骨董の世界へいざ入門!とはならなかった。毎年「世田谷ボロ市」へ行くのは楽しかったんだけど、ぼんやりと日本の骨董品を眺めていても、その良し悪しが分からなくあまり面白く感じていなかった。そんな中大きな転機となったのは、地元の栃木に戻ったことだった。子供が産まれ2歳半までは東京で子育てをしていたんだけど、今後どういう環境で生活をしていくのかを奥さんと話し合っていた。これは色々な面でラッキーだったと思うんだけど、まず友人同士で会社をやっていて、自分達が心地いいスタイルで仕事をして生きていこう。という理念だったのと、ぼくの奥さんも栃木出身で子供を都会で育てるビジョンがあまりなかったことと、通勤時間が2時間弱というギリ通えるんじゃねー?って距離感だったことが重なり、地元に戻る決断をした。東京に住んでいた友人たちが地元に戻り、自由にやりたいことを初めていたというのも大きいし、震災があったのも影響しているとも思う。今では割とUターンが当たり前になってきたと思うけど、32歳(2012年)の当時はまだそこまで普及はしていなく、大きな決断だった。東京でデザイナーをしていた人間が地元に帰るという行為が、ネガティブに聞こえて、仕事がなくなってしまうのではないかとても不安だった。

 なので地元に戻るにあたり、お世話になった先輩方に東京にいるうちに会って報告をした。そんな中、すごく救われたのが、マガジンハウス時代にお世話になっていて今もなおリスペクトする当時の編集長の岡本さんに言われた一言だった。逗子や葉山あたりから通ってる人って結構いるし、そんな感覚で仕事相手には伝えればいいんじゃない?時間的にもそれくらいでしょ?という言葉だった。おかげですごく楽になった。普段お世話になっていた各クライアントにもそんな感じで説明をし、これからもいつでも呼び出してください!場所が少し変わるだけです。と伝えるようにした。とはいえ、18歳で地元を出て32歳まで東京で生活をしていたので、東京から離れるのは結構寂しかった。自分的にはここから人生の第3章が始まったと思っている。

 写真は広島の郷土玩具、宮島張り子のとり。とりは「とりこむ」ってことで縁起がよく、とりのモチーフの郷土玩具は割と多く存在しています。絵付けの色がとても鮮やかなんだけど、土っぽいバイブスを感じるカラーリングがとてもイケてます。底面には重しが入っていて、おきあがりこぼしにもなっているギミックも面白い。

VINTAGE OBJECTS
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